葬儀に贈る弔電
色々なお墓

弔電の始まりは毛筆から

事情があって葬儀に参列出来ない時は、マナーとして弔電を送ります。 弔電の歴史は明治時代に始まり、最初は手書きで毛筆が使われていました。明治も後半になって鉛筆書きになりましたが、まだこの頃の電報は手書きが当たり前でした。 結婚式の祝辞や葬儀の弔電が、マナーとして文化となったのもこの頃と言えるでしょう。 その後、戦争を経て、電報の手段はタイプライターへと変化します。 それまでカタカナだけだった電報に、ひらがなが用いられるようになったのは、昭和の後半です。 現在では文字はパソコンで入力し、様々な種類の台紙が用いられています。 ぬいぐるみや花束、写真付きの物から食べ物に文字を入れるサービスまでも販売され、電報も大きく変化しています。

世界では消えゆく電報の文化

日本では弔電など、冠婚葬祭で使用される電報ですが、今や世界では消えゆく文化と言えます。 日本に先駆けて電報が導入されたインドですが、2013年にそのサービスは終了しました。最盛期には年間6000万件の電報がやりとりされていたのですが、通信網の発展により電報は大幅に減少し、終了前の1日の電報件数は7500件にまで落ち込んでいました。 日本では今でも年間1000万件の電報が送られていますが、最盛期と比べれば明らかに減少傾向です。 年々電報の件数は減りつつあるようですが、マナーとしての電報が根深く生活に入り込んでいる日本では、事業の完全な終了という事態までには、まだまだ時間がかかりそうです。 しかし、今後V字回復が見込める分野ではないため、やはりいずれは消えてしまう文化と言えるかも知れません。